なんで?

私の口癖のひとつに「なんで?」という言葉があります。

家内は慣れたもので、私が「なんで?」というと「ほら、また」と笑いながら言いますが、これは気をつけても治らない。

この癖は今に始まった事ではなく、幼い頃からずっと残っているもののひとつで、どうやらこれが、私が私である事の本質を表しているように思います。

「なんで?」は好奇心であり、疑問であり、知りたいという欲求でもあります。

子供はよくこの言葉を使いますが、それは知らない事が多いので当然なのでしょう。

でも、大人になっても知らない事はたくさんあります。

聞くは一時の恥と言いますが、私にとっての「なんで?」はそれに近い感覚で、分からないなら聞いた方が早い。それにどんな小さな事でも、知らない事は少ないにこした事はない。

調べれば分かる事なら自分で調べますが、大人になると答えのない疑問が山積みになってきます。

誰かが口走った内容について「なんで?」と疑問を抱く。

これは、疑問を解決する上での「はじまり」、最初のフェーズに位置します。

そこからスタートして、徐々に答えを導きだしていくのですが、おそらくこのロジックが、今の仕事をする上でも様々な面で助けられているんじゃないかと思います。

「なんでこのクライアントは今こんな状況になっているんだろう」

「なんでこの担当者は前とは違う事を言っているんだろう」

素朴な疑問が山積している状況を作れば、そこから解決の糸口や根拠を探そうと考えはじめます。

そこに課題の本質が見えてくる事もある。

見えないものを解決する事はできませんから、この「なんで?」は私の仕事では隠れた課題の本質を探り当てるのに非常に役立つのです。

その積み重ねが、やがて阿吽の呼吸をつかむのにも役立ちます。

そうなると、互いにとって効率的で無駄がありません。

人間関係に効率を求めるのもどうかと思いますが、そこで生まれたバッファーを活用してはじめて「情緒」が生まれるのではないかと思っています。

疑問の先にあるのはゆとりと余裕。

こうありたいと強く感じ、日々「なんで?」を繰り返している自分を冷静に振り返ってみると・・・

「うっとうしい」

こんな声が天から聞こえてきそうな気がします。