やり残した事

人はこの世に生を受けた瞬間から、死に向かって進んでいきます。

当たり前の事ですが、普段生活をしているとなかなか実感が湧いてこないもので、「一日一日を大切に生きる」などと頭では思っていても、具体的にどう行動しているのか考えると、とても曖昧で、なんとなくそうしている人が大半ではないでしょうか。

先日、ある方とお話していた時の事。

最近頻繁にご一緒させていただいている、私より年齢は随分上の男性がいらっしゃいます。

お会いする度に、少しずつ澱を吐き出すかのように、ご自身について語って下さります。

これまで仕事でやってきた事

その過程で生まれた様々な疑問

仕事環境も含めたこれからの自分の人生について

要約すると、プロとして30年以上携わってきた仕事について、ようやく自分が抱えてきた疑問と正面から向き合える年齢になった。その一環が私との付き合いだとおっしゃいます。

仕事という意識から、本来の「楽しむ」という事を長年置き去りにしてきた事に今更ながら気付き、これからの人生はそこに焦点を当てて、いろんな人と関わっていきたいとのお話でした。

年齢的にはまだまだ現役・・・ですが、50半ばになると、そろそろそういう事を考えるのでしょうか。

完全には理解はできませんが、何となくその話に共感し、出来る限りは時間を共有しようとしています。

自身の仕事人生について、やり残した事がそれだとも仰っていましたが、正直私にとては驚きの言葉でした。

あれほどまでに、周りから天才だと言われてきた方の悩みとは思えない言葉だったからです。

最近、その方と時間を共にするようになり、自身の事についても自問自答するようになり、私もこれまでの人生を一旦棚卸ししてみようと考えるようになりました。

やり残した事、というより私の場合は「これからの事」に焦点が当たります。

今のうちに出来る事は何か?

そのために自分が今やるべき事は?

早くに独立し、小さいながらも何とかここまでやってこれましたが、疑問に感じるよりも自分の生活を立てていく事で精一杯だったこの10数年間。

ふと気がつくと、人生の目的が何だったのかを見落としているのではないかと、小さな疑問がよぎります。

ここにきて、改めて自身の人生について深く考えてみるのには良い機会なのかもしれません。

「音楽は人の埃をすべて引き受ける仕事だ」と言われた言葉が深く残っていますが、私には一体何ができるのか。

しばらく答えを探す時が続きそうです。