商業の世界のアート

デザインとは、私のいる業界では「商業的」である事が前提で、そこには必ずビジネス上での成果が求められます。

長年この世界にいると、そこを見る目が非常にクールになるものです。

商業な訳ですから、当然そこには発注主が存在し、クライアントの意向をいかに反映するかが案件の行方を左右する。

若い頃にはこのさじ加減が難しい。なぜなら、自分というものがそこに大きく介入するからです。

仕事に熱心なあまり、自分の考えに固執してしまい、クライアントと衝突する。

どちらにとっても幸福な事ではありません。

頑張りが空回りするのも大きな負荷がかかる。的を得ていない意見はクライアントに不安を抱かせる原因にもなります。

これが悪い事だとは思わない。若いからこそそんな苦い経験の積み重ねも必要でしょう。しかしそれではこの仕事の本質に欠く事も事実。

自分を主張する事がこの仕事では大切だと思っている方が意外に多い事には驚かされますが、私がいるこの業界はあくまでビジネスベース。

好きなものを作り、好きな人だけが買えばいいのではない。

相手があり、社会があり、ビジネスという概念の下で活動する訳ですから、デザインとは製造業に近いのかもしれないですね。

ここで求められる能力とは「相手に対する深い理解」と「少しばかりのプロとしての意見」だと私は考えています。

これが「プロとしての深い意見」と「相手に対する少しばかりの理解」になると難しい。

そう考えると、デザイナーという仕事とは接客業にその真髄を見る事ができるのではないかと考えています。

ホスピタリティーを見習うというよりも、人を見る力を養う。

その背後にある人間関係を推測する事で、担当者の立場や発言の裏の意味を見いだす事もできます。

デザインはセンスだとうるさく言う人もいますが、これは慣れの問題も大きく、長年やればある程度は身に付きます。それよりも人を見る能力の方が重要な気がしてならない。これもセンスのうちです。

「デザインは職人の世界」それも否定はしませんが、職人が人を知らずに何を作るのでしょう。

作るのが人なら使うのも人。

どの仕事にも共通する本質が、デザインやアートという名のもとに、どこか曲解している方が多いように感じます。

ちょっとボヤいてしまいましたが、仕事とはこうありたいと強く思うのです。